国内市場だけでも年間約10種類前後の新しいパターン(溝)のタイヤを発売しているブリヂストン。グローバルでの商品数はその数倍に及ぶ。いずれも従来商品を上回る低燃費性能や高いグリップ性能など様々な特徴を有しているが、そのパターン形状で同じものは一つとしてない。そしてこの溝が、ユーザーがタイヤを選ぶ際に、外観面で最も分かりやすい“顔”となる。パターンデザイナーたちは、日々どのような創意工夫を行っているのか。同社のタイヤ研究開発の中枢、東京都小平市の技術センターで先端技術企画本部デザイン企画部の担当者にパターンデザインの秘話を聞いた。
横断的な知識で意匠と性能を両立
タイヤのパターンデザイン開発は大きく分けて「企画」「創作」「選定」の3つのステージがある。企画段階ではマーケティング部門やタイヤ開発の担当者、そしてデザイン企画部のメンバーが集まって新商品企画会議が行われる。そこで次の商品のターゲットユーザーや目標性能、搭載技術などが話し合われ、商品コンセプトを決定する。デザイン企画部では、その商品コンセプトを反映したデザインのコンセプトが考案される。
そして、デザイン開発は2つ目のステージである創作へ移る。デザイナーは、商品によって50~100案ほど2Dの図案を設計。その中から10~20案に絞り込んでCGの3Dモデルを作り、さらに厳選した1~5つのアイデアのモックアップ(模型)を制作する。
先端技術企画本部デザイン企画部デザイン第1ユニットの長本尚子さんが「一番ハードな場面」として挙げたのがこの創作段階の2Dデザイン。というのも、様々な性能予測を行うため、エッジ成分/溝の分布を確認しながら、平面の図案を創作する必要があるためだ。
長本さんは「摩耗ライフとウェットなど性能同士が背反する場合は少なくありません。商品としては両方とも性能を向上しなければならないので、バランスを取ることが非常に難しい」と語る。
だが、そこで生きてくるのがデザイン企画部のメンバーの持つ、デザインから工学系にまたがる横断的な知識だ。
同じくデザイン第1ユニットの林信太郎さんは、「パターンは、性能や機能を理解していないとなかなかデザインしづらい。我々の強みは、デザインもでき、エンジニア的な知識もあること」と話す。
例えば、設計部門から性能面を考慮して「溝を減らして欲しい」と要望された場合でも「単に減らすのではなく、性能を確保できる別の提案ができる」という。
さらに、この強みは先行開発という形でも発揮される。2012年に北海道地区のブリヂストンタイヤショップ限定で発売したスタッドレスタイヤ「BLIZZAK SI-12」は、さいの目状に細かく配置した溝のデザインが特徴的だ。
この商品は、「小さいブロックを並べたら路面の追従性が良く、性能も向上するのでは」とデザイン企画部で検討し、設計部門へ提案したアイデアが採用されたもの。過去の商品の流れからは少し離れた独自性の強いデザインで、なおかつ当時としては圧倒的なアイス性能を実現することができた。
これまでにない商品をいかにして完成するか――一見すると背反しているとも思える性能や意匠を両立させることのほかにも、デザインの考案では乗り越えるべき課題や苦労が少なくない。林さんは次のように語る。
「お客様が『静かなタイヤがほしい』と思って来店された時に、『静かそうに見えるのはどれかな』という目で商品をご覧になります。我々が『静かでコンフォート』を商品コンセプトにするのであれば、そう感じて頂けるパターンを作らないといけない。いかに機能をお客様に伝わる形でデザインするかが非常に難しいところ」
そのため、二次元から三次元のモデルを作成する過程では、様々な方法で外観の評価が行われる。例えば技術センターでは、デザイン案を3D画面で確認できる装置があり、車両とのマッチングなどをチェックしている。
またデザイン案が絞られた後の選定ステージでは、直接エンドユーザーやタイヤ販売店スタッフに「性能の良さを感じるか」「機能が伝わるか」などをアンケート調査する機会も設けている。商品が決まる際には、販売店を全国行脚してあらゆる角度から意見を聞き入れることもあるそうだ。
ただ、デザインの良さは数値化が難しく、主観的な好みとなってしまう面がある。そこで現在は、感性工学の活用も試行しているという。
例えば、被験者に「流麗な」や「力強い」といったキーワードを与えて対象を整理させることで、デザインを定量化する試みがある。またユーザーがどの部分で性能の良さを感じているのかを明らかにするため、視線解析技術も活用されている。
パターンデザインの開発では、「企画」「創作」「選定」の中で設計者やマーケティング、ユーザー、販売店など様々な観点が取り入れられていく。そして最後のデザイン選考会議で、実際に商品化するタイヤパターンが決定する。企画段階からここに至るまでには、約1~2カ月の期間を要するという。
デザインはコミュニケーション ユーザーに“新たな価値”を提案
ところで、デザインにおいては「REGNO」(レグノ)や「POTENZA」(ポテンザ)といった各ブランドが持つ世界観も大切なポイントとなる。そこでデザイン企画部では、「このタイヤはどんなユーザーがどのようなクルマに装着し、どこで使う」といったイメージを全員で共有できるように努めているそうだ。
ただ、過去から積み上げてきたブランドイメージがあっても、消費者のトレンドは時代によって変化していく。
長本さんは「ユーザーがイメージする“らしさ”にデザイン案を擦り合わせつつ、全てに迎合するだけでは新しいものは誕生しない」と話す。そこのバランスをいかに取るかが、新たなデザインを生み出す真骨頂だ。
また、新商品が発売されるまでにはある程度の開発期間があるため、5年先、10年先の市場環境を予測することも必要だ。林さんは「将来を見据えると、自動運転車が普及することなどは当然考えなければならない」と話す。
「社会全体や環境、クルマがどういう方向に向かうのかストーリーを立てていますが、そのストーリーは決して一つではない。部内だけでなく、他の部署や大学とも一緒になって研究しています」
タイヤのパターン開発では、過去から現在、そして将来へ向けた様々な挑戦が行われている。林さんと長本さんが、特に意識して取り組んでいることは――。
「デザインはお客様とのコミュニケーション。我々が製品に込めた機能やコンセプトをいかにお客様に伝えるかが一番のミッションだと考えます」と林さんは話す。
一方、長本さんは「将来、モビリティが変化するにつれて求められる性能も変わっていく」と今後を見据える。
その上で「今は想像できない性能が必要になるかもしれないが、そういった部分を突き詰めて、お客様に新しい価値を提案できるようにしたい」と、更なる価値創造へ意欲を示す。
また、デザイン第1ユニットの木脇幸洋ユニットリーダーは、「タイヤは命を乗せている商品ですので、より安全で安心なものを生み出すことが我々の仕事」とし、「エンジニア部門と協力しながら、お客様にご購入して頂き、十分な能力が発揮できるものを作っていきたい」と、今後の抱負を語った。
タイヤの研究開発では、デザイン時に利用するツールも進歩している。デザイナーの取り組みや技術的な革新があいまって、今後より高機能で安心できる製品の誕生が期待できるだろう。