国土交通省と経済産業省は6月3日、乗用車の新たな燃費基準案を発表した。対象には電気自動車(EV)とプラグインハイブリッドカー(PHV)を新たに加え、2030年度には2016年度の実績から約3割の燃費改善を求める。こうした動向に影響を受けるのはもちろん自動車メーカーだけではない。乗用車の省エネやCO2排出削減に向け、転がり抵抗の低減といった技術面で、タイヤメーカーにも大きな期待が寄せられる。この燃費基準は自動車メーカーが目標年度に出荷した車両の平均値で達成を判定するもので、新案により、燃費性能に優れたEVやPHVの普及も後押しする。経産省によると、2017年の新車販売実績のうちEVとPHVの割合は約1%だったが、政府は2030年には2~3割まで高める目標を掲げている。
EVを含めたCASEの進展は、自動車業界で目が離せないトピックだ。来年、ホンダが欧州と国内で発売する新型EV「ホンダe」や、一定の条件下でハンズオフを可能とする日産自動車の運転支援システム「プロパイロット2.0」など新商品、新技術が続々と登場している。一方、トヨタ自動車は今年「KINTO」(キント)を設立し、クルマのサブスクリプション(定額制)サービスを開始。豊田章男社長は「『CASE』によってクルマの概念が変われば、私たちのビジネスモデルも変えていかなければならない」と先日の決算説明会で語った。業界で様々なモデルチェンジが進む中、タイヤにはどのような役割が求められるのか――ブリヂストンのPSタイヤ開発第3部長の伊藤貴弘氏に、低燃費タイヤブランド「ECOPIA」(エコピア)の商品や将来のタイヤ開発について話を聞いた。
CASE時代に生まれる新たな軸
――「エコピア」ブランドとして最初の市販用乗用車用タイヤ「エコピアEP100」を2008年に発売しました。
「発売当時、石油価格の上昇などに伴いドライバーの燃費意識が高まっていました。海外でも環境規制が厳しくなっており、社会的に低燃費タイヤへの要望が高まっていたのです。
当社では、既に発売していたトラック・バス用のエコピアや、新車用に対するカーメーカーからの要望などもあり、低燃費技術は脈々と開発されていました。『EP100』にはこれらのエッセンスを応用しています」
――低燃費タイヤを支える技術は。
「低燃費タイヤを開発するには、転がり抵抗を小さくする必要があります。そのために求められる技術は、“軽量化”と“ゴムのエネルギーロス低減”“扁芯剛性の低減”の3つです。
“軽量化”には部材の薄ゲージ化などが貢献し、軽くなれば使用するエネルギーを抑えられます。
“ゴムのエネルギーロス低減”は、ゴムの特性に注目する必要があります。ゴムは押した力と跳ね返ってくる力に差があるのです。本来、バネのような弾性体では力の差は生じませんが、ゴムでは差が発生してしまう。
繰り返し力が加わりタイヤが変形すると、この力の差が熱エネルギーとなり、タイヤ自体が熱を持ってエネルギーを放出してしまいます。このエネルギー、すなわち無駄な力をどれだけ小さくするかが、転がり抵抗を下げることに繋がります。
また、“扁芯剛性の低減”には、タイヤサイド部をどれだけたわませるかが重要です。掛かる重さに応じてタイヤは必ず変形します。路面と接地するトレッドにはベルトなど多くの部材があり、変形すると大きなエネルギーロスとなってしまうのです。
そこで、サイド側を柔らかくして意図的にたわませ、トレッド側はあまり変形しない構造にすると、タイヤ全体のエネルギーロスを下げられます。この3つの要素は今も変わっていません」
――2017年に発表した「エコピアNH100」シリーズはエコピアの基幹商品です。同シリーズは、タイヤ買い替え時にブリヂストンが訴求する “100人のちゃんと買い。”のスタンダードタイヤと位置付けられています。
「『EP100』の流れが『NH100』シリーズに引き継がれています。この商品は様々なタイプの車両にマッチした性能を出すため、車種別に3つの商品に分けているのが特徴です。
特に材料面では、エネルギーロスを下げるために最新のポリマーを採用してシリカとの結合力を向上させ、低発熱性や耐摩耗性を一歩上のレベルに引き上げました」
――国内では、2010年のタイヤラベリング制度がスタートする前後に、EVが市場に導入され始めました。
「エコピアブランドからは2012年にEV専用の『エコピアEV-01』を発売しています。当時、EVの特徴を考え、航続距離を延ばすためにタイヤの低転がり抵抗化に着眼しました。
また、エンジンではなくモーターで走る分、車内に伝わってくる音の質が変わると考えられます。特に“ヒュー”“シャー”というパターンノイズに配慮しなければなりません。
併せて、モーターの特性として軸に掛かるトルクも一般車と比べて大きくなるため、タイヤへの負荷が大きくなります。さらに、市街地メインでの走行のため、信号で加速・減速を繰り返した場合に前後方向で力が頻繁に加わり、偏摩耗が発生しやすいという課題も想定されました。
そこで、摩耗とノイズに配慮した上で転がり抵抗の低減を高次元にバランスしたタイヤが必要だと考えました。
まず、『EV-01』専用のゴムは、新しいシリカを配合して低燃費性能とウェット性能の両立を図っています。加えて、シリカ自体の粒径を更に小さくすることでポリマーとの結合点を増やして耐摩耗性も確保しました。
静粛性については、プレミアムブランド『REGNO』(レグノ)で採用しているパターンデザイン技術を流用しています。主溝で発生する“ヒュー”“シャー”といった高周波音域の気柱管共鳴音を『3Dノイズ抑制グルーブ』で減衰させたほか、ショルダー部の横方向の溝を細い形状にすることで、ラグ溝が路面を叩いて発生する振動を低減しました。
また、ラグ溝があると車両が前進する時にブロックが倒れ込みます。それは段差摩耗に繋がりノイズを出すのですが、『EV-01』はラグ方向には細いサイプしかないためブロックが倒れず、摩耗が進んでもノイズが出ません。
ショルダーにある波型の模様『3Dノイズカットデザイン』は、たわむことで衝撃を吸収し、“ゴー”というロードノイズを低減しています」
「さらに、『EV-01』は、方向性パターンと角度付きサイプの採用も特徴の1つです。最近の当社のタイヤは非対称パターンを採用し、アウト側・イン側の機能を最適化した商品がメインですが、『EV-01』は回転方向を指定したタイヤです。
理由はEVの使い方にあります。基本的にEVは都市部での走行がメインとなり、前後方向に力が掛かるような乗り方が多くなると想定されます。そこで、これらの負荷から生じる摩耗とノイズに特化したパターンが必要となるのです。
特に、EVは回生ブレーキを搭載しています。フットブレーキは4輪すべてに掛かりタイヤへの負荷は分散されますが、回生ブレーキは駆動輪のみに掛かるため、タイヤ1本への負荷が大きくなります。
そのため、周方向に角度を付けてサイプを刻み、ブレーキ時にブロックが突っ張って倒れにくい形状とすることで、偏摩耗を発生しにくくしました」