住友ゴム工業は昨年8月に独自の黒色デザイン技術「Nano Black」(ナノブラック)を確立した。この技術は同社の若手社員の有志が中心となって“価値あるモノづくり”に取り組み生まれたものとなる。タイヤ生産本部製造R&D室の住谷昂大課長代理とタイヤ技術本部第五技術部の宇野弘基主任、経営企画部の郡司裕貴氏に開発への想いと技術の概要を聞いた。
新たな価値で、ブランド力向上へ
「ナノブラック」はタイヤのサイドウォールの文字や模様の視認性を向上する技術。通常のタイヤでは線状の溝で光の反射を調節しているが、新開発の微細な凹凸形状でタイヤ表面の光の反射を抑え、従来よりも強い黒色を実現したことが特徴だ。光が吸収面に衝突する回数が多いほど色が黒く見えることに着目し、吸収面の単位当たり表面積を最大化した。これにより、タイヤのデザイン性を高めて高級感を演出することが可能になっている。
この技術は、日産自動車の「NISSAN GT-R」「NISSAN GT-R NISMO」の2022年モデルの新車装着用タイヤ「SPスポーツマックスGT600 DSST」に採用されている。
宇野主任は「当社は日欧の自動車メーカーのプレミアムモデルに新車用タイヤを納入しているが、そういった実績はこれまで消費者にさほど伝わっていなかった面もある」と話す。こうした中、一人でも多くのユーザーにブランドの周知を図りたいと考え、「自動車の展示会などで“DUNLOP”(ダンロップ)というロゴがはっきり見えて、『ダンロップが装着されている!』と認知されたら面白いと考え、2018年頃から開発を始めた」と振り返る。
新車用タイヤ向けの技術として生まれた「ナノブラック」はその後、市販用でもプレミアムコンフォートタイヤ「ビューロVE304」や今年3月からグローバルで販売している高性能タイヤ「SPスポーツマックス060+」、さらに4月に中国で発売する同社初の市販用EV(電気自動車)タイヤにも採用を拡大している。
人目を惹く、タイヤの魅力を
この技術は2020年3月に発売した『ビューロ VE304』で先行してDUNLOPロゴに取り入れているが、ボトルネックになる部分もあった。タイヤを生産しているうちに徐々に金型に汚れがたまってしまい「一度の生産量に制限があった」(住谷課長代理)という。
「ビューロ」で取り入れた金型加工技術をさらに改良し、黒色度を維持しながら生産性を高める手法を確立したことで、改めて「ナノブラック」という呼称で発表している。
名称は、社内公募で決めた。言葉として分かりやすく、「緻密な黒いもの」であることを端的にイメージさせることからこの名前となった。
今年1月に開催された「東京オートサロン2022」では、日産自動車のブースに展示した車両の一部に「ナノブラック」採用タイヤが装着されていた。ブースを視察した宇野主任は「来場した大多数のカメラマンが車に注目する中、タイヤにフォーカスして写真を撮っている人もいた。この時に注目されていると実感した」と手応えを口にする。“人目を惹いて、ブランドをアピールする”という効果は確実に発揮されているようだ。
同社では今後、プレミアムカテゴリーのタイヤを中心に「ナノブラック」を採用していく予定だという。
郡司氏は「タイヤにとってサイド面のデザインは、例えるならお化粧のようなもの。スポーツカーやプレミアムカーのユーザーは見た目をより重視されるのではないか」と展望を示す。あわせて、新車用では自動車メーカーが「さらに価値を訴求したい」と意図しているようなモデルに対し、機能面に加えてデザイン面からの提案も積極的にしていく。
タイヤの性能に加えて見た目で後押しし、ブランド価値向上にもつなげていく――郡司氏は「自動車の中でタイヤは唯一ブランドをアピールできる部品と言えるかもしれない。意欲的に訴求して、ファンになって頂けるユーザーを増やすための武器の一つになれば」と期待を込める。
若手の熱意で価値を追求
「ナノブラック」開発プロジェクトは、“より魅力的なタイヤを作りたい”という意欲を持った若手社員たちが中心になって行ったものだ。
「どうやったらサイドウォールのロゴが見えやすくなるのか?」「どんなものがカッコ良いと思われるのか?」――製造部門や金型、タイヤ設計の担当者、さらに営業部門などから多岐にわたるメンバーが集まり、意見をすり合わせながら進めた。プロジェクトの盛り上がりに引き付けられて多くの人が関わることで、開発の推進力は増していった。
この技術が寄与する部分はブランドを訴求する“見えやすさ”“カッコ良さ”――感覚的な評価も実際に車を用意してメンバーで集まり、歩きながらタイヤの文字を視認できる距離を検証した。例えば、「3m離れた地点から2秒以内に『ダンロップ』と視認できる」ことを基準にしている。
近年はタイヤメーカーに限らず様々な企業で効率化が優先され、業務の進め方はよりシステマティックになっている。一方で、「ナノブラック」の開発は「今の世の中の流れとは異なるかもしれないが、新しいことを一から決め、活動をボトムアップでできた面白い事例になった」(宇野主任)とも話す。
この取り組みで見られるような柔軟な姿勢は、市場動向の変化や今後起こりうる環境変化に対し、新しい価値観や考え方が求められる時にきっと役立つはずだ。
別の側面からみると、企業としての強みを映し出す事例にもなった。住谷課長代理は「若手社員であっても、価値のあるモノづくりを実現できる環境がある。これは当社として一つのアピールポイントになる」とこのプロジェクト自体が持つ意味を話す。
「やりたい人たちが集まって推進する」ことを可能にしているのは、同社の社風でもあるという。郡司氏は「サイドの刻印の位置をどう配置したら綺麗に見えるかといったことまで自分たちで考え、商品に結び付いた一つの成功事例」と話し、「会社が若手社員による活動を後押ししてくれることは嬉しい」と喜びをにじませる。
住友ゴムは現在、2025年までの中期経営計画の達成に向けて様々な施策に取り組んでおり、具体的な目標として「新たな価値の創出」「高機能商品の開発・増販」などを掲げている。今回の「ナノブラック」への取り組みがもたらした価値は、中計を下支えする成長へのドライバーにもなるだろう。
“タイヤをもっと良いものにしたい”“ブランドの価値をもっと訴求したい”――若手社員の熱意が実際の商品に反映される環境は、自動車業界が大きな変革を迎える今、タイヤメーカーとして適応していくための確実な力となっていく。