変化を加速した姿を必ず示す――日本ミシュランタイヤ 須藤社長

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カテゴリー: インタビュー, 特集

 来年8月に本社を都内から群馬県太田市へ移転することを決めた日本ミシュランタイヤ。今回の決定は持続可能なビジネスを重要テーマに掲げるミシュラングループの考えに結びつくものだ。さらに、この移転は今後の同社を大きく変革させるターニングポイントになる可能性もある。「これから日本の社会もビジネスも変革が加速する」と将来を見据える須藤元社長に、本社移転で期待される効果、変革を続けることの意義を聞いた。

 ――本社を群馬県太田市に移転する背景は。

 「移転が完了するのは来年8月の予定ですが、この決断には様々な理由があります。

 今、社会から多様なニーズが出てきており、サステナビリティもその中で重要な課題です。このサステナビリティという言葉は色々なことを包括しているのではないでしょうか。地球環境や気候変動への対応、さらに日本では少子高齢化が進行していますが、そういった様々な課題に対していかにモビリティを成り立たせていくか――こういった取り組みもサステナビリティには含まれます。そして、我々の働き方にも大きく関係してきます。

 サステナビリティには色々な側面があり、過去よりも同時に満たしていかなければならない要素が増えてきています。多様なニーズに対応するためには、何かと何かを結び付けて新たな価値を生み出すなど色々なことが必要になってきます。

 こういった前提のもとに社員が1カ所に集まり、コラボレーションできる場を作ることが必要だと思います。太田サイトには現在250名くらいの社員がいますが、これまでは『東京に来て欲しい』と言っても簡単には来ることはできませんでした。一方で太田には広い敷地と建屋があります。多様なニーズに応えるために、各部門を集結すると
いう意味もあります。

 さらに当社だけでは解決できない課題に対して、外部のパートナーとの連携を強めていくことで、また新たな可能性が生まれてきます。群馬県は製造業などが多いこともメリットになると期待しています」

 ――今回の判断には新型コロナウイルスによる影響もありますか。

須藤元社長
須藤元社長

 「コロナによる変化は大きく影響しています。実は太田と東京を集約してはどうかという話は、以前から出ては立ち消えになってということを繰り返していたのですね。

 コロナ前から週2日まで在宅勤務を許可するという制度はありましたが、それを利用する社員はほとんどいませんでした。習慣的に『出社しなければ』という思い込みがあったのかもしれません。

 一方、コロナを契機に在宅勤務をやらざるを得ない状況になり、またミーティングソフトなどのデジタル技術も進んでいます。一斉に在宅勤務にしたら、出社しなくても相当の仕事ができることなど新たな発見があったと思います。これは本社移転の大きな後押しになりましたし、この経験が無かったら同じ決断をしていたかは分かりません。

 今後も在宅勤務と出社を組み合わせることになりますが、それをどう使うのかは自分次第になります。出社する場合はどのような意図を持ってくるか――例えば、出社しても誰とも会話しないのでは意味がありません。

 今、社員には『自由度は増やしたい、その代わりに自律のレベルも高めないと無理だよ』ということを伝えています。リモート、対面の価値を再認識するチャンスにもなっており、移転を完了する頃には有効な使い方をマスターしようと伝えています。

 ミシュラングループとして出社率の指標はあるのですが、日本ミシュランタイヤとして基準は設けていません。これは私の判断です。フランス本社からは『そのスピリットは良い』と言われてはいますが、多少の不安も感じているようです。

 当然リスクはありますが、それぞれの仕事の進め方に確証を持てるようにトライアルしていきます。日本ミシュランタイヤは社員数も合計約500名と、意思の疎通が図りやすいこともあります。この自由を、会社にとっても社員自身にもいかに良いものにできるか、チャレンジしていきます」

 ――東京に残すオフィスのイメージは。
 
 「東京にフロントオフィスを設けますが、現時点では今の本社と同じ新宿パークタワー内で業務を継続する予定です。オフィスの規模は縮小しますが、都内にあったほうが合理的に良いと判断できる部門が残ることになります。

 ただ、この部署は東京、この部署は太田などと固定はせず、流動的になっていくと思います。太田での勤務がメインであっても、たまに東京で会議を行うといったことは推奨したいと思います。

 現在、東京本社には250名ほどが在籍していますが、移転後のオフィスは50名程度のキャパシティになると思います。何かあった時にすぐに集まれるようなフリースペースも設ける予定です」

 ――社内で意思の共有を図るための取り組みは。

 「グループのトップから言われており、私自身もそう考えているのは『太田を本当に魅力的な場所、皆が集まりたい場所にしよう』ということです。

須藤元社長
須藤元社長

 今回の移転に対しては皆ワクワクしています。実は昨年社員が決めた“わくわくで動かせ”という行動指針があります。楽しいだけではなく、未知への不安もある――“怖いけど楽しいかもしれない”という意味が含まれた言葉です。

 太田の広い敷地を自由に使えるのは凄いことで、皆でアイデアを出して、いかに魅力的な場所にできるか――移転が完了した後が我々にとって新たなスタートとなります」

 ――太田への投資も進めますか。

 「一部リノベーションは検討が始まっています。パッと見てこれまでとは違う印象にしたいと考えています。豪華にするという意味ではなく、何かストーリーがあるような場所を皆で作りたいですね。

 例えば、群馬県は杉が有名で、そういった木材を活かしたスペースも検討します。ただ、一気にリノベーションをするのではなく、少しずつ変化していくようなイメージです。

 一方、研究開発拠点という意味で太田サイトの重要性が変わるわけではありません。ミシュラングループの世界3大拠点の中で、スタッドレスタイヤ、スポーツタイヤなど研究開発の役割分担はその時々で再配置されますが、太田は今後もグローバル商品の開発を担っていきます」

 ――太田市や群馬県内の企業など外部との連携は。

 「色々な産学官連携が生まれ始めています。太田サイトは研究開発拠点ですので、これまで外部とはあえて遮断していました。ただ、今は金属3Dプリンターの設備を地域の小学生に見学してもらうなど、以前は考えられなかった取り組みがあり、大きな転換点になってきています。地域からの期待も感じますし、新しいネットワークが生まれてくると思います。

 我々にとっても多様な方々を受け入れることで、刺激になり、色々なインプットは間違いなく糧になります。単独では難しいものが、化学反応のように何かと混ざることで価値が生まれてきます。そしてそれはビジネスにもつながる可能性があります。

 今の時代は、ビジネスと社会貢献、サステナビリティは一体となっています。ミシュランは人・地球・利益の3つを一体で考えており、何か1つだけを追求しても成り立たない。3つが一体となって初めて社会から必要とされ、我々は必要とされるものを理解して、サイクルが回っていきます」

 ――2021年4月に社長に就任し、課題と成果は。

 「社内で変化のスイッチは入れられたかと思っています。本社移転もそうですが、社内の基幹システムの更新、物流の見直しにも着手しています。ただ、本社移転はハード面での取り組みであり、内面もアップグレードしなければなりません。マインドやスピリットを社員と一緒に改善してきたつもりです。

 自分たちが変わらなければという強い想いがあります。不安はもちろんありますし、今まで踏み出せなかったこともあります。ただ、これから進化を加速しなければならない。

 私は以前、ミシュランの中国法人に赴任していました。中国と比較すると、日本は変化のスピードが遅く感じますが、これからは違った姿を内外に見せていきたいと思っています。

 日本社会もタイヤ業界の変化もこれから加速していくと思いますし、商流も含めて変化が立て続けに起こると予感しています。こういった変動期は危機でもあり、チャンスでもあります。

 ミシュランは日本での規模は小さい反面、これが武器にもなります。仮に日本に大規模な生産体制を構築していれば、大幅な改革は難しくなりますが、我々はフットワーク良く対応できるはずです。

 ただ、絶対に変化させないこともあります。それはミシュランのポリシーです。“モビリティの発展に貢献する”という考えは130年間ぶれていませんし、この理念はこれからの時代にも価値が生きていくと思います」

 ――将来の展望を。

 「お客様、社会の課題に対して『ミシュランがいて良かった』と思って頂けるお客様を増やす――これを必ず実現したいと思っています。

 そういった製品開発を継続し、製品だけではカバーできないことに対しては、新たなサービスやソリューションを提供します。サービス、ソリューションは社会に必要なものになっていくと思いますが、お客様のためでないと淘汰されていきます。

 昨年発表したトラック・バス用タイヤの『MRN GO』は日本独自のサービスで、外部のパートナーがいたことで実現できました。こういった成功事例を増やしてニーズにお応えしていきます。
 ただ、作って終わり、売って終わりではなく、いかに改良を継続していけるのかが重要です。国内の物流業界では時間外労働時間が制限される2024年問題が目前に迫り、急がなくてはなりません。

 乗用車用タイヤでは今後EV(電気自動車)化といった変化にタイヤから貢献します。ただ、環境対応、EV対応だけではなく、ドライビングプレジャーが失われないように全方位で性能向上を図っていきます。

 日本ミシュランタイヤとしては数年後に目に見えて変わったと感じて頂けるように進化したいと思います。

 太田への投資額は完全には決まっていませんが、リノベーション案を本社に提案した際、『予算が増えても良いので、もっと魅力的なものに』と言われました。コンセプトは外部との連携やイノベーションを生み出せるような場所にすることです。環境負荷を抑えて、周囲の自然を活かすことも考えています。

 そして、私が全てを決めるのではなく、何がベストなのかは社員それぞれに考えてもらっています。それがミシュランの文化だと思っています」


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