TOYO TIRE(トーヨータイヤ)は今年7月、欧州にセルビア工場を立ち上げた。欧州では先行して2019年から研究開発拠点を構えており、今後は技術と生産の両部門が密接に連携し、より高性能なタイヤを生み出していく。技術開発の展望を技術統括部門管掌の守屋学取締役執行役員に聞いた。
――7月にセルビア新工場が稼働し、欧州R&Dセンターとの連携は。
「技術開発拠点として欧州R&Dセンターを2019年11月に開設しました。この拠点の大きな役割は材料開発です。既に分析装置を導入し、現地の材料メーカーから提案された新素材を評価しています。
現地にR&D拠点を置くことで、従来は接点がなかった欧州の材料メーカーから提案を受ける機会が増えました。当社では把握していなかったような提案もあり、材料開発に有利に働いています。
二律背反する性能である転がり抵抗性能とウェットグリップ性能の向上に寄与するだけでなく、タイヤ全体の性能向上にもつながっていると思います。欧州の自動車雑誌は独自のタイヤ評価を実施しており、それらの媒体で公表される結果が販売にも影響すると言われている中、当社製品は以前と比べて高い評価を受けるようにもなりました。
欧州R&Dセンターで培った材料開発技術がセルビア工場でも活用できるようになったことは大きなポイントです。欧州向け製品だけに採用するということでなく、グローバルに向けて活用できると考えています。
セルビア工場とR&Dセンターとの連携を進め、新工場には新しい材料に対応できる混合ミキサーを導入しますので、これらの成果として転がり抵抗とウェットの性能レベルが向上することに期待していますし、今後のEV(電気自動車)向けにも対応できると考えています。
また、工場の敷地内にはタイヤテストコースを併設し、主にウェット制動と車外音を評価します。欧州での認証テストを実施するほか、開発段階の試作タイヤの実車装着テストや製品の抜き取り検査も実施し、性能が担保できているかをチェックできるようにしていきます。
特に欧州市場向けには、製品のウェット性能や騒音のレベルを試験できる環境が工場近くにあることが優位だと考えています。各国でタイヤの規制が始まっており、欧州の基準は世界で最も厳しいと認識しています。今後は摩耗が進んだ状態でのウェット性能の規制も導入される予定です。この基準にミートできていれば、他の市場でも問題なくクリアできますし、日本の現行ラベリング制度や来年から始まる低車外音タイヤの表示制度にも対応できると考えています。
北米市場では摩耗などお客様から求められる性能が違いますが、欧州で培った技術を可能な限り生かしていきたいと思っています」
――近年は欧州でもモータースポーツ活動に注力しています。
「モータースポーツ用タイヤは特に操縦安定性が求められます。レース用タイヤを開発するということではなく、ここで得られた知見を市販用タイヤにも活かしていけることがポイントになると考えます。
例えば、『ニュルブルクリンク24時間耐久レース』などでは様々な条件で安定して走行することが必要になってきます。また、温度環境が違う中で確実に走行するためには特にタイヤ材料の配合開発技術なども重要です。当社が今まで知り得なかった知見を得るために重要な場となります」
――北米のR&Dセンターの現状は。
「現在、北米の自動車メーカーが新型EVを数多く発表しており、今後は北米マーケットでもEVの割合は高まっていくと見ています。
EVは車両自体が重くなるため、転がり抵抗性能の向上とタイヤ自体の軽量化が強く求められてくると思います。当社が北米で好評を得ているデザイン性の高いピックアップトラック・SUV用の大口径タイヤでは、軽量化とデザイン性を両立させることに取り組んでいます。
北米や中南米、アジアなどで開催されるオフロードレースにも以前から力を入れており、『バハ1000』や『ダカール・ラリー』といった国際的なレースで当社のタイヤを装着したチームがトップに入ってくるようになりました。
こういったオフロードレースでは砂漠地帯など、道なき道を走るため特に耐久性が重要になってきます。通常、砂漠や岩場を走行する際は空気圧を下げてトラクションが掛かるようにしますが、当社は極力空気圧を落とさずに性能を発揮できるタイヤを開発しています」
――競合メーカーもモータースポーツに注力する中で強みと課題は。
「本格的なオフロードレースでは、当社はトップクラスの技術力を有していると自負しており、近年では当社のタイヤを装着したチームの成績が上位になってきています。
これまでライトトラック用タイヤ、SUV用タイヤに注力することで、技術力のレベルアップにつなげてきましたが、欧州へは十分なリソースを投入できていませんでした。欧州のレースでは他社とはレベル差はあり、これを詰めていく必要があります。
世界の競合と比べると、当社のリソースは限られています。先日セルビア工場が稼働しましたが、さらに欧州市場での認知度向上と技術力を訴求していくために、継続的にレースにも参戦して性能研鑽に努めていきます」
――今年2月に「サステナビリティ経営方針」を公表しましたが、技術開発での重要テーマは。
「製品やサービスを通じて顧客や社会に対してユニークな価値を提供し、持続可能なモビリティ社会へ貢献していくことが大きなテーマです。
持続可能な社会のためにタイヤメーカーの使命として、技術面からタイヤの転がり抵抗低減によってCO2排出量削減に寄与していくことが挙げられます。当社が“重点商品”と位置付けているタイヤの中で転がり抵抗はどのくらいの水準にするべきか目標を定め、それによってCO2削減量がどの程度のレベルになるのか算出して取り組んでいます。
一方で、EV化や低燃費化を重視すると、転がり抵抗を低減するためにタイヤのデザインが無難になりがちですが、当社らしいユニークな価値を創出することも重要だと考えています。
北米市場で高く評価されている大口径タイヤのデザインを生かしながら、転がり抵抗の低減という要求に対し、どう両立できるかが課題です。
また、車両と同じくタイヤも空気抵抗が燃費に影響を与えます。当社では空力を解析できる技術によって、特徴的なデザインを生かすためにどうすれば空気抵抗を抑制できるかといった研究を進めています。
社会の要請に応えながら、お客様にも魅力的なタイヤだと思ってもらえるよう取り組んで参ります。特に北米市場でデザイン性は譲れない部分なので、今後のEVにもマッチできるよう、デザインも工夫していきます」
――ソリューションビジネスへの取り組みは。
「トラック・バス用タイヤの摩耗予測モデルは2023年の実用化を目指しています。タイヤの摩耗予測技術を可視化するためのアプリを開発し、今は実際に運輸関連のお客様に使用してもらって実証実験を進めています。その結果をフィードバックして頂きながらドライバーやお客様の業務効率化につながるかを見極め、技術部門とDX推進本部と協働で事業化を検討していきます。
当社は2020年2月にAI(人工知能)・デジタル技術を活用して『タイヤ力』を可視化する『タイヤセンシング技術コンセプト』を発表しました。これについては公道実験を通じて高精度化を図りながら、お客様個々の走り方に合ったタイヤを提案できるような『タイヤカスタマイズ』の開発も視野に入れています。ビジネス化の検証は必要になりますが、『タイヤ力』の検知技術からタイヤのカスタマイズまでつなげられないかを検討しています。
今後、こうした一連の技術はタイヤ購入時にパッケージとして提案できるようなビジネスにもなり得ると考えています。運輸関連のお客様に対して適切なタイヤ交換時期を提案する、あるいは一定期間内であれば何度でも交換ができるなど、色々なモデルケースが考えられますので、デジタル面、販売面など様々な部門が一体となって協議しています。
トラック・バス用タイヤのリトレッド技術に関しては、当社のタイヤは『土台が強い』と評価されています。リトレッドタイヤは、サステナビリティの側面で言えば、サーキュラーエコノミーにもつながりますし、他の技術サービスとパッケージ化して提供できるようにと考えています」
――今後のタイヤ開発の方向性は。
「環境対応への要請を強く受け止めています。車両のEV化が加速する中、まずはEVに対応した開発ができるかが鍵だと考えています。課題の一つはCO2削減に寄与する転がり抵抗の低減であり、サステナビリティ素材の開発も重要になってきます。
ただ、低燃費化してもタイヤとしての面白みが失われないよう、当社独自の価値を付加してお客様に提供することが大切だと考えています。
また、高性能なタイヤを生産するための設備投資も進めたいと思います。転がり抵抗とウェットを両立するためにはゴムの混合工程が一段と高度化し、それに対応できる設備も必要になります。さらに、タイヤの軽量化のためには、いかにゴムを薄くして性能を発揮できるか――より高精度な機械も求められます。
今年6月、従来は生産統括部門の中にあったエンジニアリング本部を技術統括部門に移管しました。これは先行・基盤技術と生産技術との連携を強化して開発力向上を図ることが目的です。今後のEV化を見据え、高性能・高精度なタイヤを生産するために技術部門と一体となって進めていきたいと考えています」
――メーカーの開発レベルが高度化する中で、将来の展望を。
「当社はこれまで継続的に米国工場を増強し、中国やマレーシアにも生産拠点を立ち上げてきました。今回、セルビア工場が稼働したことで生産面での需給対応は一つの区切りを迎えたと言えます。
今後は、タイヤの基本的な性能はしっかり確保しながらも“いかに差別化できるか”がポイントになります。我々は規模の大きなメーカーのように全てには対応できません。だからこそ差別化が重要だと考えています。
世界的にEVへシフトする大きな変化に対し、当社の強みを活かして確実に対応できるように技術力のレベルアップを図っていきたいと思います。
技術開発の基盤固めをし、時代の流れに柔軟に対応しながら価値創出を図る――お客様から『TOYO TIREはやっぱり良いね』と評価して頂ける商品を今後も開発していきます」