新中計ベースに企業理念の具現化を
――2023年に新中期経営計画(新中計)を発表されました。そこで掲げられた目標に向け事業活動に取り組んでいかれますが、22年までの中計を振り返りタイヤ事業の推移を分析してください。
2015年に米国グッドイヤー社とのアライアンスを解消しました。それを契機に、独自路線で北米をはじめ海外市場での事業拡大を進めてきています。
その一例として、米国工場を買収しました。また、欧州市場への拠点として15年に生産開始したトルコ工場を活用しています。トルコ工場はその後増産投資を行い、順調に進捗しています。さらに英国で卸・小売店網を持つミッチェルディーバー社を買収するなど、海外市場で販売チャネルの拡大と整備を行っています。
そして、欧米市場で新車メーカーとのビジネスを強固なものにしていくという観点から、開発速度と精度を高めるため欧米市場それぞれにテクニカルセンターを新設しました。中南米市場では、15年以前に立ち上げていたブラジル工場の増産をするとともに、販売体制も整備・拡充し、順調に推移しています。
このように開発、生産、販売、サービスの各分野についてグローバルで投資を行い、グローバル体制の構築を目指しています。
生産拠点を持ち供給網を整えるのに従い、販売体制はしっかりとしたものに確立されていきます。当社でも増産投資を行い、販売支援する体制が整ったことで、販売数量が着実に伸長し、売上収益の面では順調に増加してきました。これまでの中計に沿った取り組みが当社の基盤をつくり、世界市場でのポジショニング向上をけん引してきたことが成果として挙げられます。
一方、グローバルで先行投資を続けてきましたが、その投資を十分カバーするまでの利益増加に至っていない拠点もあります。16年以降、事業利益は残念ながら減益基調が続いている状況です。
このような事業環境の下で20年に、25年までの中期計画を発表しました。そのポイントは減益基調に歯止めをかけ増益へと反転させていくことでした。売上収益では1兆円という数値目標を掲げましたが、重視したのは利益基盤をどう構築するか、という点です。それを反映し、事業利益や事業利益率の数値目標は高く設定しました。
利益基盤を再構築し、利益を創出し蓄えていく組織風土に変革していく、という強い思いから、全社での基盤強化を図ることを目的に、BTC(Be The Change、ビー・ザ・チェンジ)プロジェクト活動を立ち上げ取り組んできました。プロジェクト開始から3年が経ちましたが、目的の一つである基盤づくりという点はこれまで順調に進んできていると、手応えを感じています。
何か新しいチャレンジをしようとしたときに、一部門だけではどうしても限界があります。様々に関係する部門に協力を得ていく。何か課題があったときに部門の垣根を越えて集まり一気に解決を図る。社内を横断する部門間の連携、横の繋がりというものが、BTCプロジェクトを通じてしっかりとできてきたとみています。
BTCプロジェクトは国内での活動にとどまらず、海外グループ各社も積極的に参加しています。現在、国内外180の部門で7000もの施策に取り組んでいます。利益やキャッシュを生むにはどうしたら良いのか。組織体質の改善を図るにはどうすべきか、従来の発想や方法ではなく、新しくゼロ起点からの発想で施策に取り組み、成果や実績として上がってきています。この3年間で組織力が培われました。それが今回の新中計の大きなベースとなっています。
20年から、新型コロナウィルスのパンデミックが始まってしまいました。その影響を受け、需要が減退し市場環境が悪化しました。また原材料価格と海上運賃が高騰しました。特に後者は海外市場への輸出に非常に大きなインパクトとなりました。新車用タイヤのビジネスでは、半導体不足による新車の減産も大きく影響を受けました。
また、当社の利益基盤の一つに中国での事業が挙げられますが、その中国で都市のロックダウンが行われました。この影響が非常に大きく、現在もまだ新車用タイヤのビジネスはコロナ前の水準には戻り切れておりません。これら外部環境変化のネガティブ要因を跳ね返すことができておらず、これまでの減益基調を立て直すところまでに至っていません。
しかしながら、このような厳しい事業環境の中、前回の中計で目標とした売上収益1兆円を、22年に前倒しで実現できたのは大きな成果だと自負しています。売上収益を確実に上げていくにはお客様との信頼関係を築く、また各エリアで販売の基盤をしっかりと積み重ねていかないとなかなか達成できるものではありません。売上収益目標の達成は、お客様からの信頼の総量だと認識しています。
23年第1四半期を終えましたが、事業全体では利益とキャッシュの創造にフォーカスし、その取り組みを強めています。構造改革をしながら、その一方で足元を固めていく。固定費を下げるとともに、限界利益の最大化を図るという視点で、各エリアとも1〜3月を動いています。
――新中計では、事業利益率7%、ROE(自己資本利益率)10%、D/Eレシオ(負債資本倍率)0・6%、ROIC(投下資本利益率)6%という数値目標を掲げました。今後、どのような施策を通じて目標を達成していくのか、その展望を。
当社はこれまで、グローバルで基盤を築き上げていく取り組みに力を注いできました。その成果は上がりましたが、課題も現れてきました。これまでは定めた期間内にグローバル体制を一気に立ち上げました。あらゆる方向ですべてに集中して取り組むという、全方位・全集中型の姿勢でした。お客様のニーズはエリアごとに特性が異なりますが、それにきめ細かく対応してきています。例えば商品レンジがそうです。スタンダードからミドルクラス、プレミアムと幅広い領域で豊富なサイズを取り揃え、各エリアでご提供してきています。
お客様のニーズにお応えするフルラインアップの商品レンジを支えるには、商品の開発、生産、物流、販売、それにサービスの各部門の体制を拡充する必要があります。非効率が生じ、固定費が増加するのは避けられません。それが収益性を悪化させ、事業利益を圧迫する要因の一つとなっています。
このような状況を踏まえ、新中計では、25年までを利益基盤の再構築の仕上げ期間と位置付けました。BTCプロジェクトで積み上げてきたものがありますので、それをベースに構造改革を果たしていきます。
その考え方は、ROICに基づく事業ポートフォリオ経営を実践するというものです。分析結果に基づき、収益力のある事業構造に変えていくことに主眼を置いています。
新中計では、ターニングポイントとする25年、それまでに既存事業の選択と集中に注力します。成長事業や経済合理性のある事業、そして新規事業にリソースを集中的に再配分します。さらに26年以降はDX経営を実践し事業ポートフォリオの最適化を行い、次世代に向け再成長を遂げていくということに焦点を当てています。これはある意味で大きな方針転換です。この新中計の方向性について、全社員に理解してもらうことが、未来へ向かって一緒に進んでいくときの大きなパワーとなります。
タイヤ事業での具体的な取り組みとしては、北米で稼ぐ体質に変革することを挙げています。北米市場はタイ、日本などからの輸入品ビジネスと、米国工場で生産したタイヤを販売する地産地消ビジネスの二つがあります。
輸入品ビジネスは昨今の海上運賃の高騰で採算性が低下していました。足元は運賃相場も下がり、採算性も回復してきているところです。北米市場で「FALKEN WILDPEAK」(ファルケン ワイルドピーク)シリーズを販売展開し、非常に好調に推移しています。特徴ある商品、SUV用を中心とした高付加価値商品を展開することで差別化を図っており、市場での販売シェアは着実に向上しています。
販売は順調に推移していますが、輸入品ビジネスには海上運賃の高騰などのリスクを伴いますので、その低減を図る必要があります。そこで地産地消ビジネスの比率を引き上げていくことが重要なテーマとなります。地産地消ビジネスでは米国工場の生産性が従来からの課題でした。その改善にかねてから取り組んでおり成果も見えていました。
コロナ前は支援メンバーも現地に入り一緒になって改善に取り組んでいましたが、コロナ禍で中断せざるを得なくなりました。カメラを導入しリモートで支援活動の取り組みを行うなど工夫をしましたが、時差もありますし隔靴掻痒の感があったのは否めません。ただし、22年から支援スタッフの現地入りを再開し、新たな課題も見えてきました。課題の洗い出しを行い、どういうステップで進めていくか、改善計画を策定し動いており、そのピッチを上げています。
北米市場はこれから先もさらに拡大していくと見ています。当社の米国工場の改善が進んでも、その生産能力だけでは足りないと認識しています。地産地消ビジネスを進めるため、26年以降の新拠点づくりの検討を開始しました。様々な選択肢がある中で、北米市場で収益力を高めていく考えです。
中国・アジアも重要な市場で、今後の成長が見込まれます。当社はタイ工場を基点に世界の各市場へ輸出しています。北米市場で地産地消ビジネスが進むことで、その分をアジア市場へと振り向けることが可能となります。
中国には二つ、タイヤの生産拠点を持っており、販売基盤を整えています。ロックダウンの影響を受けましたが、足元ではリプレイス市場から回復を見せています。その流れに対応し販売展開していますが、新車用タイヤビジネスは23年に入ってもまだ厳しい状況が続いています。
その中国ではEV化の動きが急速に進んでいます。日本の新車メーカーもEV化を進めていますが、新規参入企業を含め現地メーカーが力を付けてきていることを実感しています。
昨年、当社初の市販用EVタイヤとしてDUNLOP「e.SPORT MAXX」(イースポーツマックス)を中国市場に投入しました。この商品に最も力を入れたのが電費性能の向上です。リプレイス市場で発売したのですが、新車メーカーの皆様に興味を持っていただき、多くのオファーをいただきました。「e.SPORT MAXX」には当社の低燃費タイヤ技術をすべて注いで開発し、当社史上最高レベルの電費性能を実現しています。
タイヤの良さをお客様にお伝えすることは難しいのですが、「e.SPORT MAXX」はEVが本来持つ性能を引き出し、電費と優れた操縦安定性、静かさを両立させたタイヤであることを、現地のタイヤ販売店やユーザーの皆様に訴求することができました。EV化が加速する中国市場で、EVタイヤという分野を醸成していくきっかけになったという手応えを得ています。
EV化は欧州市場でも進んできています。当社はFALKEN「e.ZIEX」(イージークス)を欧州市場で発売していますが、このタイヤが現地の専門誌から高い評価を得ました。欧州市場では専門誌の評価が販売に影響する側面がありますので、そこで高評価を得られたことは当社の現地タイヤ販売会社をはじめ関係者にとって活力の源となります。
南米市場は、ブラジル工場での増産に伴い販売も非常に順調に推移しています。乗用車用、トラック・バス用ともに、市場でのポジションを上げ、当社の事業利益に貢献しています。
――25年までに基盤を強化し、26年以降にDX経営を推進するという計画を明らかにされました。
25年までのDX化ビッグピクチャーを描いています。基幹システムの刷新を25年までに完成させ、効率的な事業運営を実現する。財務データ、SCM(サプライチェーンマネジメント)、PLM(製品のライフサイクル管理)、それにIoT(モノのインターネット)と、すべての業務をデータで繋いでいくというものです。ERP(企業資源計画)やMES(製造実行システム)などの導入を順調に進めており、26年以降DX経営を進めていく計画です。
DX化に向け2点、目標を設定しています。1点は事業で発生するデータを、人の手を介さずに経営に活用することで競争上の優位性を確立していくこと。もう1点は社内をデジタル化し社外と確実に繋がるということ。事業効率を向上させ、お客様や市場の変化に迅速で柔軟に対応できる組織にしていこうと考えています。
それを実現するためITリテラシー教育やリスキリングを行うなど、人材育成に力を入れ取り組んでいます。ITリテラシー教育では社員3500人に実施し全体の底上げを図ります。効率的な業務設計によりリソースを創出し事業の再成長を目指すという構想です。
集まってきたデータをどう活用するか。各職場でDXをどのように活用することができるか――このようなことを考える人材をそれぞれの部門に配置していきたい。またDXによって組織の働き方改革も進めていきます。
当社にはシステム開発・管理を専門で行うグループ会社があるのですが、そのことがDX化を進める上で強みとなり、特徴的な点だと思っています。この会社は、これまで様々な業務システムについて、各部門のニーズに的確に応えつつ部門間を連携し、業務オペレーションをデジタル化してきました。システムづくりのノウハウを積み重ねた実績があるのです。これまで部門ごとに個別に対応したシステムづくりを行ってきましたが、これからは当社の全体像を見据えたシステムを開発し、それによりDX基盤の構築を推進していく考えです。