どんなクルマを作りたいのか――憧れのスーパーカーに技術を結集
ホンダが8月25日に発表した新型NSXに、コンチネンタルの「ContiSportContact(コンチ・スポーツ・コンタクト)5P」が装着された。全世界から注目されるスーパーカーの専用タイヤは、どのようにして誕生したのか。ウルトラハイパフォーマンスタイヤの誕生秘話と、NSXへの装着によるブランドイメージへの効果を、開発とマーケティングの両面から探った。――前編では技術開発にスポットを当てました。
【テクノロジー編】 問いかけを繰り返す
新車用タイヤは、車両の要求性能と発売する国・地域で求められるニーズとの最適なバランスを取りつつ開発を進めていく。一般的な車両であれば、若干の要求性能は変わってくるが、基本的に一定の範囲内に留まる。しかし新型「NSX」専用タイヤは、高い性能を高次元でバランスすることが求められる。その開発は一筋縄ではいかないものだった――。
開発は2012年の春に始まった。「当初から通常の開発とは違った」と、コンチネンタルタイヤ・ジャパンの井上邦哉氏は振り返る。
ホンダから「最も要求に近いメーカーと契約を結ぶ」というオファーが来たが、競合はコンチネンタルを含む3社あった。
最初の0(ゼロ)次品テストは既存タイヤで行った。その段階で同社の評価は3番手。どこに問題があるのかを問うと、「30Rのヘアピンを曲がる際、アンダーステアが強い」という回答だった。
コンチネンタルは逆に問いかけた――「いろは坂を速く登るクルマを作りたいのか、アウトバーンを時速200kmで走った時のコーナリングを考えなくていいのか――どんなクルマが作りたいのか」
井上氏は「我々もNSXのコンセプトをよく理解する必要があった。タイヤは主観的な部品で、性能は数値にならない官能にも関わってくる」と話す。
クルマのコンセプトとドライバーの声、タイヤ設計のコンセンサスを取りながら開発するため、「コンセプトを明確にする意味をホンダ自身にも気付いてもらうため、問いかけを繰り返した」
イメージをブラッシュアップしてプロデュースする。この作業を繰り返しながら戦略的に同社の舞台に引き込み、方向を統一していった。
2012年夏、既存タイヤの評価をもとに0・5次品の開発が始まった。既存の金型を使用して、ゴムや構造を変えて製作する。この段階で1社が離脱した。
「我々は時速200kmでR200を曲がってもらうために、当社が所有するテストコース、コンチドロームでの追加テストを提案した」
さらにベンチマーク用の車両の再考を提案した。コンチドロームでの走行テストの結果も踏まえた上で、同社の提案が採用された。
同年11月にはアメリカのテキサス州にある1周16マイルの高速周回路で1次品のテストを開始。そこでホンダから出されたのは、「このタイヤを来年のデトロイトモーターショーに出せるか」の一言。
モーターショーの出展車両は、量産車でも同じブランドを装着することが多い。その場でドライバーはホンダのロサンゼルス開発部門に電話をし、装着タイヤの変更を告げた。コンチネンタルの採用が決まった瞬間だった。
2013年5月、2次品の評価が終わり、NSX用タイヤとして開発のほぼ9割が完了していた。だが、井上氏は「ここから喧々諤々のやり取りが始まった」と話す。
ホンダはNSXの性能を全方位で上げたかった。そこで通常の横滑り防止装置(ESC)ではブレーキでクルマの姿勢を制御するところを、モーターで加速させることにより、精密な制御を取り入れた。これが走行中のタイヤにどう影響するのか。
「横に力を受けながら、縦方向に瞬間的に加速し、しかも前後の径が異なる。フロントタイヤが細い分、摩耗が激しくなる。これにいかに対応していくかが残りの1割だった。ショルダーの耐摩耗性やトレッドの改良など、多岐にわたる調整が必要だった」
タイヤの偏摩耗を防ぐため、接地形状をできるだけ広くして面積を稼ぐ必要があった。構造材にも工夫を加え、トレッドの剛性を強化した。
さらにタイヤ本体の開発に加えてNSXの制御ソフトとのマッチングを行い、2次品の完成から2年後の2015年、ついに新型NSX専用タイヤが完成した。