横浜ゴムが昨年7月に約1356億円で買収した蘭ATG(アライアンス・タイヤ・グループ)。同社の会長を務める小林達氏(横浜ゴム副社長)は、「横浜ゴムグループの将来をかけた事業」と位置づけ、統合効果を最大限発揮させるべく土台作りに取り組んできた。今年3月以降、野地彦旬社長にバトンを渡す予定で、両社の得意分野を融合させつつ一層の事業拡大を図る。さらに今回の買収は横浜ゴムのこれからの企業運営にとっても大きな意味を持つことになりそうだ。
ATGとのシナジー発揮へ
横浜ゴムは中期経営計画で掲げた生産財事業の拡大戦略の一環として昨年ATGを買収した。ATGの主力製品である農機用をはじめ建設機械、産業機械、林業用などOHT(オフハイウェイタイヤ)は、ブリヂストンや仏ミシュラン、米グッドイヤーといったトップメーカーが手がけるほか、世界で5社ほど専業メーカーがある。OHTカテゴリーでATGのシェアは現在約5%。横浜ゴムでは2020年代前半までにシェアを倍増させ、売上高を600億円から1000億円まで引き上げたい考えだ。
ATGの小林会長は「将来はOHT分野で世界トップクラスのメーカーになる」と意気込むが、その目標達成のためには横浜ゴムとのシナジー効果をいかに発揮させるかが問われてくる。
「横浜ゴムには研究開発や生産面での高い技術があり、ATGには高度なITシステムや低コスト生産など、それぞれの優位性がある」と小林会長は話す。昨年の買収完了後にインドへ赴任し、「どのようなシナジーが生まれるのか」――3カ月ほどをかけ、あらゆる項目を洗い出したという。例えば、原材料の共同購買や販売協業などが検討され、M&A(合併・買収)を成功させるための「100日プラン」を経て、2017年は本格的な実行段階に入る。
加えて、OHTの需要回復も追い風となりそうだ。昨年は業界全体で農機用タイヤの需要が5~6%ほど減少したが、2017年後半には回復に転じ、さらにその後は2~3%の成長が続くと見られている。この成長を支えるのはASEAN、中南米、アフリカといった新興国だ。
ATGはイスラエルとインドで合計3つの工場を運営しているが、2015年にインドで2カ所目の工場が稼働するまでは新興国市場向けの供給量が不足していた。だがこの間の生産増強により、数年先の需要まで対応する体制が整った。
小林会長は、「年後半から統合のシナジーが表れてくる。生産面でも本格的に新興国市場に注力していく土台ができた」とし、「2017年は一気に成長軌道に乗せる」と強い意欲を示す。
買収のもう一つの意義
ATGの買収は、横浜ゴムの成長の可能性を高めたことは確実だが、同社にとって生産財事業の拡大以外にも大きな意義を持つことになりそうだ。それは新たな組織づくりへの挑戦となる。
1月31日に行われた社長交代会見で、野地社長は“デジタル化”というキーワードを何度も口にした。「横浜ゴムはややアナログ的な経営だった」と振り返り、企業の中身をグローバル化した組織に変革させ、多様な人材を最適配置していくことの必要性を示した。
今後、自身が会長に就任するATGを「デジタル面で見習うことがある」と評価し、そこで得られたノウハウを横浜ゴムにフィードバックさせていく。小林会長も「ATGという多国籍企業をグループに参画させたことは企業運営の面から参考になる」と話す。
「横浜ゴムの将来をかけた買収」――小林会長が築いた最初の土台を、野地次期会長が引き継ぎ、その価値を最大限に高めていく。
横浜ゴムの新社長に決まった山石昌孝常務は、「これまでのような直線的な成長シナリオは描けない」と危機感を示す。消費財も含めて、新興メーカーの台頭など激しさを増す市場を勝ち抜いた先に、真のグローバルメーカーとして飛躍した姿が見えてくる。