世界初のラジアルタイヤやスタッドレスタイヤ、コンパウンドにシリカを配合したグリーンタイヤ、空気の代わりにスポークで支えるエアレスタイヤ、トラック用のシングルタイヤ――これらは「将来の環境のため、ユーザーの利益のためにこういうタイヤが必要だ」との想いのもとにミシュランが生み出してきたイノベーションの数々だ。誕生した当時は、市場からすぐには受け入れられなかった技術もあるが、その後、多くの製品に当たり前のように採用される“スタンダード”となっている。多くのメーカーが技術開発にしのぎを削る中、ミシュランが革新的技術を生み出していく背景には「モビリティの発展に貢献する」という変わらない哲学がある。現場のエンジニアたちは日々何を考え、実践しているのか――。
「ミシュランの使命は、タイヤを使ってモビリティの長期的な発展に貢献すること」――全ての活動はこの考えに基づいて行われている。タイヤの生産・販売をはじめ、各種レース活動やガイドブックの発行、CSR活動などあらゆる事業におけるベースとなる。そしてこの使命を支えるのが「顧客」「人」「株主」「環境」「事実」――この5つの尊重だ。ミシュランの中心には常に使命と尊重がある。
ただ、これらはいわばミシュランの内部、従業員にとってこうあるべきだという話。実際にタイヤを使用する事業者や消費者にとって関わりが密接なのは“哲学”のほうかもしれない。ミシュランの哲学=言わずと知れた「トータル・パフォーマンス」だ。
「ユーザーのために変わっていく」革新を生み出すための挑戦
日本ミシュランタイヤで研究開発部門のトップを務める東中一之氏(研究開発本部本部長取締役執行役員)は、「何かの性能を良くするために、他の何かを悪くするのは絶対に認めない」と力を込める。例えば、スタッドレスタイヤで冬の路面を安全に走行できることは当然として、乾いた一般道を走っていても違和感を感じさせないこと。あるいはスポーツタイヤでも乗り心地や音への配慮が求められる。
「仮に燃費を追求したいがために、グリップを落としたり耐久性を下げるなら極端に高い性能は実現できる。しかしそれはユーザーのためにはならない」――これこそが「トータル・パフォーマンス」の考え方だ。
「あらゆる性能を犠牲にしない」――ミシュランのタイヤ作りで基本にあるコンセプトだが、それを具現化するには高いハードルがある。
日本ミシュランタイヤの平野哲也氏(PC/LTタイヤ事業部プロダクトマーケティングマネージャー)は、ユーザーからの評価やマーケットの声を集めて具体的なニーズとして開発陣や品質部門に伝える橋渡しの役割を担う。それが次のモデルに活かされていく。
ミシュランの製品では、ある車両カテゴリーや特定の地域だけをターゲットにすることはなく、基本的にはグローバルで販売する。そのためユーザーの使用環境は様々で、重視する項目も多岐にわたる。走行距離が長い傾向にある北米では「もっとライフを」、欧州では「更なるスピードを」、日本は「快適性の向上を」など、カバーすべき範囲は広く、異なるニーズを次世代の製品に反映する際には大きな議論になることもある。
「魔法はない。ある性能を良くして、別の部分が悪くなるなら、両方のバランスを取りながら必要な性能は何なのかと議論を進める」。ただ、その議論のベースには「必ず今よりも上を行く」という想いがある。
「今あるタイヤよりさらに良いタイヤ」「ライバルよりも優れたタイヤ」――数値では測れない感覚的な部分も含めて、それを実証する場の一つがサーキットだ。ミシュランは過去からモータースポーツ活動に積極的に取り組んできた。現在も様々なカテゴリーに向けてタイヤを供給しているが、全ては技術を磨き上げる挑戦の場となる。
国内のモータースポーツ活動を統括する小田島広明氏(モータースポーツマネージャー)は「ミシュランブランドを支える、技術を検証する、技術力を適正な価値でコンシューマーに提供する」――活動の柱としてこの3つを掲げる。
「我々の場合、知名度を高めることが目的ではなく、『ミシュランブランドというのはこうあるべきだ』ということをきちんと示し、絶対的な強さで勝つ。それによりブランドを強化していく」
その上で次のように話す。「研究所の中だけで完結するのではなく、同じレギュレーション、同じフィールドの中で競い合い、自分たちがライバルに対してどういう部分が優れているのか、どういう部分が劣っているのかを明確にする。これが技術の検証だ」
そもそもミシュランがレースに参戦し始めたのは、生み出したイノベーションが既存の技術よりも優れていることを実証するという側面が強かった。
革新的な技術というのはすぐには市場に浸透しない。代表的なものを挙げれば、今では当たり前になっているラジアルタイヤ。それまでのバイアスに対して、乗り心地やグリップ、燃費などあらゆる面での優位性を示すためにF1に参戦し、好成績を収めた。
一方、ミシュランは「ギリギリの世界で証明してこそ、タイヤの本当の性能を示すことができる」との考えのもと、コンペティションに情熱を注ぎ、長年にわたりライバルと激しい戦いを繰り広げてきた。ただ、国内で人気の「SUPER GT」などを除けば、主流はワンメイク。この流れの中で導き出した答えは「競争はなくても自分たちの中で課題を作ることで技術は進化する」――これが「技術力を適正な価値でコンシューマーに提供する」ことに繋がる。
例えば、2014年にスタートした電気自動車の「フォーミュラE」は1社供給だが、「ウェット・ドライを共通のタイヤで走りたい」と要望を出したのはミシュラン側だ。パターン研究の場とすることで、市販タイヤへフィードバックできる技術を磨いた。それは昨年発売したスポーツタイヤに搭載されている。
自動運転や今後普及が予測されているコネクテッドカーなどモータリゼーションが変革期を迎える今、タイヤメーカーとして将来をどう見据えているのか――。
東中氏は「世の中に合わせて変わっていかないと、付いていけない」と危機感を示す。ただし、「変わるのはユーザーのため」と、ミシュランの使命は不変であることを強調する。
「今の姿が未来永劫続くとは思っていない」と話すのは小田島氏だ。「現状に満足すれば革新は止まってしまう。上手くいかなくても事実を見つめ、受け入れる。そうすれば必ず解決策が見えてくる」と、過去の経験から明確な答えを持つ。
今、注力しているものの一例がデータ解析技術だ。自動運転を支えるためには様々なセンサーが必要となるが、モータースポーツの世界からも得られる知見は少なくないという。
まだこの世に無いイノベーションを求め続けるミシュランが、次にどのような革新を生み出すのか、そしてそれが一般のタイヤやクルマ社会にどのような価値をもたらすのか、期待は大きい。