終わりなき性能向上――ミシュラン 研究開発チームの挑戦

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カテゴリー: レポート, 現地

 日本ミシュランタイヤは8月上旬、群馬県太田市にある研究開発拠点「太田サイト」でタイヤの静粛性に関する技術開発の一部を公開した。太田サイトはミシュラングループにとって、フランス、北米と合わせた3大研究拠点の一つに位置づけられており、ノイズに関してはグループの中心的な役割を担っている。タイヤの静粛性と背反する軽量化や低燃費化の流れが加速し、また環境規制を背景として世界的に音が静かな電動車へのシフトが進むと見込まれる中、その重要性は今後一層増していきそうだ。

 「お客様に価値があると認められて初めてイノベーションとなる。これが我々の研究開発の意義となる」――日本ミシュランタイヤの東中一之副社長(研究開発本部本部長)はこう力を込める。

東中一之副社長
日本ミシュランタイヤの東中一之副社長

 世界ナンバー2のタイヤメーカー、仏ミシュランは誕生から約130年の歴史の中で様々な技術を世に送り出してきた。ラジアル技術など、後に業界の標準となったイノベーションも含めて、地道な研究の積み重ねにより少しずつ成果となり、結果として高い価値を生み出したケースも少なくない。タイヤの騒音をどう低減するか――静粛性向上への取り組みもそれにあたるかもしれない。

 ある商品を開発する際はプロジェクトチームが編成され、企画から机上検討、試作を経て量産につなげていくのが大まかな流れだが、想定した通りの性能に達しない場合は何度も試行錯誤を繰り返していく。

 例えば今年7月に国内で発売した乗用車用コンフォートタイヤ「Primacy 4」は、高い静粛性とウェットグリップ性能が特徴となっているが、静粛性能を上げるとトレードオフの関係にあるウェットは下がる。この課題をクリアするため、まずは新たな配合技術によって静粛性を維持しつつウェット性能を引き上げた。

 次に振動を抑制して耳障りな音域のノイズを抑えるリブ技術、さらに金型や加硫技術により新しい溝形状を採用することでトータルで性能向上を実現したという。

 東中副社長は「特定のコンディションで静粛性能が極めて高いタイヤなら比較的簡単にできる」と話す。一方で「それによって他の性能を下げることは、ミシュランでは絶対に認められない」と強調する。ユーザーの価値になるかどうか――それが開発者の共通認識となっているからだ。

時代の要求高まる静粛性向上

今年発売したプレミアムコンフォートタイヤ「Primacy 4」も静粛性の開発は日本のチームが中心となった

 近年は低燃費と軽量化という世界的なトレンドを受けてタイヤの静粛性に関する要求が一層高まっている。各国で導入が進むタイヤラベリング制度によって、タイヤの転がり抵抗はひと昔前とは比べものにならないレベルまで低減された。一方、CO2排出量削減につながる車両の軽量化が進むことで、タイヤの静粛性にとっては不利な状況になる。さらに、電気自動車(EV)などではタイヤのノイズが従来より目立つようにもなる。

 既に欧州では走行時に発する音が健康に悪影響をもたらすとの指摘からタイヤの騒音が規制され、日本でも2018年4月から新車用タイヤで規制が始まっている。音に対して求められるレベルがシビアになる中、同社では新たな投資やEVへの対応も含めて開発のスピードを一段上げていく考えだ。

 ミシュランがグループの世界3大研究開発拠点と位置づけているのが、仏ラドゥー、米グリーンビル、そして日本の太田サイトとなる。

太田サイトの正面入口

 日本における開発の歴史は約30年。1987年に国内で車上試験をスタートした後、1990年にタイヤ性能の研究に着手した。1990年代にミシュラン・リサーチ・アジアの設立を経て、今では冬用タイヤと静粛性に関する研究では世界の中心となるまでその重要性が高まっている。

 約170カ国で事業を展開する同社がグローバルで販売している商品の数は膨大で特徴も様々だが、静粛性に関しては大きな責任が太田サイトにかかってくるといえるだろう。

 一方で日本に開発拠点を置く意義はどこにあるのか――。同社が日本市場向けにコンフォートタイヤを開発した1980年代から1990年頃は開発の中心は欧州。当時はウェットやライフが重視されており、「日本では音がうるさいという評価もあった」(製品開発本部の蔭山浩司部長)。国内ユーザーのニーズを正しく把握できていなかったとも言い換えることができる。

 だが、その後2003年に発表した「MXV8」はアジア戦略商品として太田がプロジェクトを主導。低騒音パターンや低転がり抵抗技術を採用し、日系新車メーカーのプレミアムカーに純正装着されるなど実績も得た。「グループが日本を認めた」(東中副社長)ことで研究チームが設立され、現在にいたっている。

 国内には静粛性にこだわる消費者が多いことも理由のひとつだ。ユーザーに近い市場で開発を行うことで、日々変化するニーズに対して迅速に対応することも期待できる。

 太田サイトにはグループで唯一のノイズ試験のための設備がある。この設備が活用されるのは開発過程の中で一部ではあるが、より充実した設備を構えているライバルメーカーも多い。さらに、今後は新興国メーカーが急速に技術力を高めてくるのは確実だ。

 各社がより高性能なタイヤを目指して競争は激しさが増している中、東中副社長は「我々は技術のトップランナーでなければならない。他社に負けるわけにはいかない」と強い姿勢を示す。

 将来にわたり、ミシュランがどこまで優位性を維持できるか、性能向上という最終ゴールの無い挑戦はこれからも続いていく。

グループ唯一の試験設備「半無響音室」

半無跫音室

 太田サイト内にある半無響音室はミシュラングループで唯一の設備。ここでは乗用車用タイヤや二輪車用タイヤ、一部のトラック・バス用タイヤなど静粛性に関する計測が必要な場合、タイヤ単体の車外騒音試験を行うことが可能だ。担当者は「各国でノイズに関する案件があるが、そういった時は必ずここに集められる」と話す。

 通過音を測定する際はタイヤの横だけではなく、前後にもマイクを設置して、騒音源がどこにあるかを徹底して解明することができる。また、路面状態はスムーズなアスファルト路面、やや荒れたアスファルト路面、砂利のような荒れた路面と3パターンあり、それぞれ粗さが異なるドラムを用意している。

 試験用ドラムや特殊な吸音材で覆われた壁など、室内の全てを内製化しているのが特徴だという。「我々自身が中身を知り尽くしているため、最大限に設備を使い切ることができる」(担当者)と自信を示す。

 ここで得られた試験データは世界各国にフィードバックされ、更なる性能向上へつなげていく。


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