東京都墨田区曳舟にある磯タイヤ工業株式会社(ミスタータイヤマン向島磯)は、昭和24年に磯文雄社長の父が同地で創業した。軽トラックが入る程度のスペースから始まった同店は、周辺の家屋や土地を少しずつ買い取り、現在は数台を同時に格納できる広い作業スペースを持つ。基本的に土日祝日も営業し、下町の足元を担う同店は、年間販売本数1万本を目標に個人客の拡大を目指す。その理由と狙いはどこにあるのか――。
広々としたピットでは、忙しく作業が行われていた。「お客様をおまたせしない、一秒でも早く仕上げることを心掛けている」と磯社長は話す。
3名の作業スタッフは20代から40代で、連携しながら手際よく入庫した車両のタイヤ交換作業を進めていく。
同店の売上は、現在約8割が業販だ。しかし、廃業などによって徐々に減少傾向にあるという。これを補うために磯社長は、今までの顧客層とは異なる一般客に活路を見出している。
「うちに来る個人のお客様は、今までは自分の車やタイヤを知り尽くした、いわゆる車好きが多かった。今後獲得を目指すのは、普通のサラリーマンやお母さんたち」
タイヤのことがわからない、パンクすることすら知らない人をターゲットに定め、タイヤ整備の大切さや安全のための点検、空気圧チェックなどの安全意識の啓発とともに、安心して相談できる店として顧客の常連化を狙う。
そのために、相手の目線に立ってよりわかりやすい言葉で伝えるよう、スタッフの教育も力を入れている。「うちに合う合わないは当然ある」と念頭においた上で、販社の接客教育を取り入れてロールプレイングを繰り返し、接客の質を向上している。
スタッフは販社のタイヤアドバイザーなども取得している。その上で、「資格や技術は大切。でも一番大切なのは、それに恥じない仕事をする精神」と話す。
また、作業時間にも気を使う。個人の客は接客態度だけでなく時間にも敏感だ。業者とは同じ時間でも体感が異なるため、今までの「さほど待たせていない」という感覚だと、個人客は「かなり待っている」と感じてしまうのだそうだ。
個人客の拡大を目指す狙いは、リスクの分散にもあるという。
「一年に一度程度だが、ずっとうちを使ってくれる顧客は相当数いる」そういった顧客を掴み、客単価に捕らわれず長く続く常連をより多く抱え込むことを狙っている。
「一見のお客様から丁寧に常連を掴んでいく。うちは幸い間口が広い構造をしているので、ふらりと近所の人が入って来やすいのも一つの強みになっている」
取材中にも一人、車検の見積もりを依頼しに客が訪れていた。常連ではなく、近所だがまったくの新規だという。車種や使用年数、ディーラーでの話などに丁寧に、かつ的確に対応する姿勢は、「商売のコツはなにを差し置いてもとにかく誠実さ」と言う社長の姿勢そのものだ。
設備の面でも対策を考え、外注費の削減と個人客の取り込みを兼ねて、アライメントテスターなどの導入を検討している。ネットで価格が検索できる時代に一見の顧客を取り込むには、価格競争以外の部分に付加価値がある店になる必要があると考えるためだ。
昭和40年代に建設した社屋についても「今すぐにとはいえないが、まずは作業スペースを整理をして、より一般客が入りやすい構造にしたい」。さらに耐震などの対策を検討し、できる範囲から順次行うことを考えている。
さまざまな手段を打ちながら、より広く、より長く、より多くを目標に、磯社長は個人客の拡大を目指す。