「イージーリンク」に機能追加。「規定トルク締付証明」はクラウド管理の時代へ
開発関係者に聞く~金丸勝氏(千葉・金丸タイヤ)/大須賀俊之氏(イヤサカ)/長屋勝利氏(トライフォース)~
イヤサカは、専売する「イージーリンク・フォー・クラウド」(略称ELC)に「規定トルク締付証明書発行」の機能を追加・拡張。10月から販売を開始した。タイヤ脱着作業の現場では整備のDX(デジタルトランスフォーメーション)化が進みつつあるが、締付トルク管理のそれはまだ途上の段階だ。一方、道路運送車両法の一部が改正された。タイヤ脱着作業や増し締めの保守管理を違反した自動車運送事業と整備管理者を行政処分の対象にしている。大型車の車輪脱落事故防止に向け、タイヤを取り扱う現場ではさまざまな施策に取り組んでいるさなか。今回イヤサカが販売を開始したELCの機能追加は、課題解決への提案だ。しかし製品化に至るまでの道のりは平坦ではなかった。開発のステージとなった金丸タイヤ株式会社(千葉県茂原市。店名はタイヤパラダイス)代表取締役社長の金丸勝氏=写真2=、製品化をアレンジしたイヤサカの大須賀俊之氏(関東支店千葉営業所)=写真3=、企画を監修した株式会社トライフォース(東京都世田谷区)代表取締役の長屋勝利氏=写真4=の3氏に、そのストーリーを聞いた。
タイヤパラダイスは二輪車用タイヤから大型車用タイヤまで、地元・茂原市内のタイヤのニーズにきめ細かく対応する地域密着店だ。金丸社長自身、現場でタイヤの脱着作業を行うことも多い。タイヤ店を運営する立場と同時に、タイヤ整備作業を行う者の一人として、大型車の車輪脱落事故の問題は決して他人事ではなく、強い関心を抱いていた。
タイヤの脱着や増し締め作業は〔確実〕であることが要(かなめ)。規定のトルク値で正確に締付を行うことでユーザーに安全・安心を届けてきた。タイヤ店とユーザー、相互の信頼関係は正しいトルク管理によって成り立つと言葉を換えてもよい。
ただ、これまではなかったが、事故は予期せずに起こる。万一事故が発生しその要因を検証したときに、作業が万全であったにも関わらず、もしそれが証明されなければ……。
「取引先でタイヤに端を発した事故が起きたら、その作業管理者である自分に行政処分が行われ、その時点で店の運営は立ちいかなくなる。当社のように規模の小さな店にとってそれは正に命とり」と、金丸社長は指摘する。その上で「たとえタイヤの整備作業をきちんと行っていても、その管理記録が杜撰なものであったり、事後に書き替え修正が可能なものである場合、管理記録自体、信頼性は損なわれるのではないか」と続ける。
「万一の事故から店を守る〝ディフェンス〟のため」(金丸社長)、緊急時のBCPとして使えるツールを探し始めた。
金丸社長とは同店創業の前からの付き合いという間柄の大須賀氏がその相談相手となった。イヤサカはタイヤ整備機器の販売のみならず、整備全般のDX化やデータのクラウド対応、フリート管理など先進的なサービス提供に乗り出している。その一つが自動車整備の診断結果の帳票化やエイミングのエビデンス(証拠)を行うクラウドシステムのELCだ。
ELCは、自動車整備関連を主力にソフトウェアの開発と保守・運用やITコンサルティング、整備ソリューションを事業とする株式会社レゾンデートル(東京都新宿区、代表取締役社長・金藤淳三氏)が開発。長屋氏はそのELCの企画・開発・監修に携わってきたという経緯がある。業界でヒアリングを行い、自分たちが「できること」を少しずつ形としてつくりだしていく。
タイヤ業界に求められるニーズは「規定の締付トルクで確実に作業する」こと。ただし、それを満たすための金丸社長からの〝ウォンツ〟は現場の実情を反映したものであり、机上の論理通りにはなかなかいかない。
(1)機器そのもので締付トルクを得ることができ、そのデータを保存し、作業履歴をいつでもどこからでも確認することが可能。
(2)データの表記は単に数字の羅列にとどまらない。車両のどの位置に装着されたタイヤがいつ作業されたのかが、一目で判別できるものが望ましい。
(3)締付作業時に記録した当時のデータを保存し、後日修正することができないようにする。
この3点はマストだった。だが、製品化するにはほかにもクリアしなければならない、いくつもの〝ウォンツ〟があった。
トルクの締付作業に使う機器は空研のホイールナットランナー「パワートルクセッター PTS−800EX−L」を使うことを早々に決めた。「パワートルクセッター」シリーズは高い精度で締付トルクを得ることができる。女性でもシニアでも、あるいは外国人の技能実習生であっても、マンパワーの違いやスキルの有無に関係なく、誰が作業を行っても数値に変化はないからだ。
しかし、この機種にはログ(記憶装置)機能がない。同シリーズの「PTS−800E」には外部ログ機能を備えた仕様はあるものの、自動車整備業界向けホイールナットランナーとしては販売されていない。
金丸社長はピストル(銃)タイプの「PTS−800EX−L」をベース機器に使うことにこだわった。「簡単に、楽に使うことができなければ、だんだん使わなくなってしまう。それでは規定の締付トルクで作業するということが浸透しない」という考えが根底にあったからだ。
それはインパクトレンチ吊り機についても同様だった。「パワートルクセッター」シリーズには製品重量が重いという難点がある。吊り機やユニバーサルハンガーなどのサポート機器で作業者が負担する重量を軽減することは必要な措置だ。
金丸社長は作業現場で小野谷機工のレッグカー「F−500LB」という2段式旋回アーム機構を搭載した吊り機を導入する。「簡単に、楽に」作業できる現場を実現するために。ただ両製品をパッケージしたものは販売されていないので、製品を連結する部分を調整する必要があったという。
ログ機能=写真5=の搭載から開発をスタートし、実機=写真1=でトライ&エラーを続けた結果、「規定トルク締付証明書発行」の機能をELCに追加することを果たした=写真6、7=。個々の企業それぞれが「できること」を「点」とするならば、それをつないで「線」にすることで製品化を実現した。
金丸社長は「仮に事故が発生した場合に、作業履歴を検証し確実に締付トルク作業を行っていたことが客観的に証明できる、第三者からみて納得することができる――そんな製品に仕上がった」と評価する。
23年3月から実際に使用を開始しほぼ半年が経過した。初期にはエラー表示が現れたことがあったがその原因も解明された。「使い方のコツ」が分かり、手に馴染んできたという。「クルマのシートベルトと同じで、初めの頃は面倒くさいなという気持ちもあったが、今では必ず使わなければいけないと思うようになった」と、心境が劇的に変化したことを吐露する。
また、ユーザー側にも変化が現れたそうだ。これまで締付トルクに関心を持たなかったドライバーが多かったが、可視化されたデータを示すことで、その重要性が強く認められるようになったという。ドライバーが帰庫後、事業者に報告することで「証明書が発行されるならその店に任せて安心だ」と、タイヤパラダイスが納入店に選ばれる理由の一つにもなった。〝ディフェンス〟のために始めたシステムの導入が〝オフェンス〟(攻め)の営業のツールへと転じたのだ。
なおイヤサカの大須賀氏、トライフォースの長屋氏によると、今回のモデルをベースに、大型車だけでなく、SUVをはじめとする小型車にも対応する機器を開発したという。
規定トルクでの締付をエビデンスとして残す――クラウドで管理する時代を迎えた。