インドからの逆輸入。ワンランク上に手が届く
このシリーズではこれまで、フラッグシップモデルをはじめとするハイパフォーマンスカーに多く試乗してきた。しかし、市場はそのようなクルマばかりではない。ハイパフォーマンスカーと呼ばれるジャンルのほうが数量的には圧倒的にマイノリティだ。そこで今回は多数派に目を向けた。白羽の矢が立ったのがホンダWR-V。日本では24年3月から新発売されたコンパクトSUVだ。車名はWinsome Runabout Vehicleの頭文字に由来する。〈楽しさ〉や〈快活さ〉の意味があり、このクルマで毎日を楽しんでほしいとの思いが込められているという。
瀬在さんによると、このクルマは同社でアジア最大規模の四輪開発拠点となるタイのホンダR&Dアジアパシフィックが開発を担当。生産はインドのホンダカーズインディアが担当するという。ホンダのアジア戦略車で、インド市場での地産地消を意識したクルマづくりが行われている。
インドは人口で14億人を超え、今や中国を抜き世界最多。GDPも世界第5位へと浮上し、25年には現在4位の日本が逆転されるだろうとみられている。コロナ禍以降、経済成長を続けており、自動車市場も拡大の一途にある。
インドの23年度(23年4月〜24年3月)の自動車販売台数は2385万台強(SIAM=インド自動車工業会・調べ。二輪・三輪を含む)。前年度比12.5%増と、順調な推移を示した。乗用車、そのなかでもUVと言われる多目的自動車の販売が好調で、252万台、前年度比25%強もの大幅な伸長をみせた。
コロナ禍で経済の冷え込みは経験したものの、底からの回復は早く、勢いも強い。高い経済成長にともなって中間層の所得が向上したことが、自動車市場拡大の背景にある。また、国の積極的な振興策もそれをあと押しする。クルマと部品の生産・販売に関わる各種の支援策が26年度まで継続される予定で、今後しばらくの間は右肩あがりの成長グラフが描かれる見込みだ。
そのインドの自動車市場では日系メーカーが強さを誇る。同国の23年度乗用車販売台数で、マルチ・スズキ、トヨタ・キルロスカ、ホンダ、日産、いすゞの5社による市場シェアは5割を超えた(SIAMによる)。なかでも強力な存在感をみせるのがスズキのクルマ。スイフトやワゴンR(いずれも日本での通称)などのコンパクトモデルが人気を獲得。一般乗用車シェアは6割を超え他社を圧倒し、ランキングのトップをキープし続けている。
そのスズキの牙城に迫ろうと、ホンダが投入したのがこのWR-Vだ。ベースのシャシーはFIT(フィット)。全長4325×全幅1790×全高1650ミリ、ホイールベース2650ミリと、WR-V向けに最適化した。最低地上高はクラストップレベルの195ミリを実現。ホンダは「未舗装路や段差を走行するストレスを軽減し、走りの自由度を高めた」とする。その快適な走りを支えるのが、フィットよりもふた回りは大きい新車装着タイヤである。
前席側はフロントフードの前方まで見やすいデザインを採用。後席は頭上空間の広さを確保する一方で、前席シートバックの形状を工夫することで、足元の空間をゆとりあるものとした。荷室は壁面をフラットに近い形状とし、床下収納を設けることで、クラストップレベルの荷室容量を実現したという。
瀬在さんは「体格の良いインド人が家族単位で長距離を移動するときでも、快適性を損なわないでドライブできるよう仕上げています」と解説。「大衆車のなかでも上級モデルとして、ホンダはインド国内での訴求を図っています」と続ける。
日本市場へは〈逆輸入〉で展開中。日本のクルマ市場はSUVがけん引する格好だが、そのなかでホンダはVEZEL(ヴェゼル)とZR-Vをラインアップする。両車はパワートレーンでハイブリッドとガソリンを、駆動方式で4WDとFFを取り揃えている。対してこのWR-Vは1.5リットルのガソリンエンジン車のみ、駆動方式もFFのみの一択。グレードも「Z+」「Z」「X」の3タイプ。先行するヴェゼルやZR-Vとのターゲットユーザーのすみわけを明確化したものと考えられる。
WR-Vは日本国内でもその販売が好調に推移している。自販連の乗用車ブランド通称名別販売台数の統計によると、3月に新登場して以降、月販3千台ベースで推移するが、受注数はその4倍超に達する人気ぶりだ。
「日本でモータリゼーションが花開き、クルマが一般家庭に普及したときのことを思い起こしませんか。過剰な装備がなく、シンプルでした。安全で快適に、財布に優しく移動することができ、運転していて楽しいクルマを求めていました。単にコスパが良い・悪いという評価では言い表せないと思います。現在のインドの自動車市場で求められるものがおそらくそれに近いのでは」と、瀬在さんは論評する。
ワンランク上のクルマに手が届く——WR-Vはその〈距離感〉を絶妙に具現化したと言えそうだ。
インド製ということで、低コストへの警戒感からネガティブな印象を抱くことが懸念される可能性もある。しかし瀬在さんは次のように答えた。「メーカーに聞くと『ホンダはどの国の、どの工場でも同じ品質を確保する。しかもインドは最新の設備で生産している』と言います。ホンダカーズインディアの品質への強い自信がこのことばに表れているのではないか」。
新車装着タイヤのサイズは、「Z+」「Z」が215/55R17 94V、「X」が215/60R16 95H。今回試乗した「Z」にはブリヂストンのTURANZA T005Aが装着されていた。タイヤサイド部にMADE IN INDIAの刻印が。WR-Vがめざす〈オール・インド製〉というクルマづくりへのこだわりをここでも認められた。
=瀬在仁志(せざい ひとし)さんのプロフィール=
モータージャーナリスト。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員で、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員のメンバー。レースドライバーを目指し学生時代からモータースポーツ活動に打ち込む。スーパー耐久ではランサーエボリューションⅧで優勝経験を持つ。国内レースシーンだけでなく、海外での活動も豊富。海外メーカー車のテストドライブ経験は数知れない。レース実戦に裏打ちされたドライビングテクニックと深い知見によるインプレッションに定評がある。